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MOVIE LOVERS' PLACE

映画の感想などを綴っていきます。

ベルイマン監督『夏の遊び』の感想など<ネタバレあり注意>

こんばんは。本日はイングマール・ベルイマン監督『夏の遊び』の感想です。

 

 

この映画は1951年に公開されたスウェーデン映画です。

 

 

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長年バレリーナとして活躍してきたマリーは、その美貌にも関わらず、ずっと独身です。周囲は彼女がなぜ独り身を貫くのか、聞きたくても聞けません。

 

 

実は彼女にはヘンリックという恋人が過去にいました。そして若かりし頃に彼と二人で離島で過ごしたバケーションの日々のことを忘れていません。

 

 

その『夏の遊び』の思い出がマリーをずっと捉えていたのでした。

 

 

ざっくりとしたストーリーとしてはこんな感じです。

 

 

個人的にはベルイマン作品の中でも比較的見やすい&理解しやすいので、『野いちご』とともにお気に入りです。

 

 

全編スウェーデン語で綴られています。なんだかスウェーデン語ってドイツ語に響きが似ていますね。その一方でお隣のフィンランド語とは音の響きが全然似ていません。ベルイマン作品とカウリスマキ作品を比べてみると面白いです。

 

 

フィンランドスウェーデンってお隣の国なのに言語も全然違うし、やはり人種も微妙に異なっているように見えます。国民性なども違うのでしょうか?北欧といっても多様なバリエーションが複雑に絡んでいるのですね。なかなか興味深い分野です。

 

 

 

<ここから先ネタバレ注意>

 

 

 

さて、マリーを長年とらえていたのは、離島でヘンリックと二人で過ごした日々です。離島でバケーションをしてた二人は、約一ヶ月半を一緒に過ごしました。夏の短い北欧の人々にとって明るくて暖かい日が続く夏というのは特別な季節なんですね。日本人にとっての春みたいなものでしょうか。

 

 

「若い頃」「夏の日」「バケーション」といったキーワードが、短くも楽しい日々を連想させます。そして楽しい時間はあっという間に過ぎ去り、厳しい冬が訪れます。

 

 

バケーションでの日々も終わりに近づいたある日、二人はお互いの気持ちを確認し、婚約します。

 

 

ところが幸せ絶頂の最中、ヘンリックは崖から飛び込みをしたところ運悪く岩礁にぶつかってしまい、病院に運ばれるもそのまま亡くなってしまいます。

 

 

このことに大きく落胆したマリーは、ひどく憔悴の日々を送ります。そしてそこに目をつけたのがエルランド叔父さんです。彼は若くて可愛いマリーを気に入っており、妻がいるにも関わらずマリーを自分のものにしたいと思っていました。エルランドはマリーの母親にも過去に恋していました。

 

 

ヘンリックを失った悲しみから自分を救うために「壁の作り方」を教えてあげるとマリーに言います。そして悲しみにくれるマリーに付け入り、自分の愛人にしてしまいます。

 

 

このようにしてマリーはずっと独身のままなのでした。

 

 

ところが、ある出来事が事態を一変させます。ある日マリーのもとにヘンリックが生前つけていた日記が送られてきました。エルランドがずっと持っていたものです。

 

 

マリーはこの日記を、彼氏で新聞記者であるデイビッドに読ませることを決意します。もともとマリーはデイビッドと別れようとしていました。エルランドの作った壁のせいで、異性と近くなりすぎるといつも別れてしまうのです。

 

 

そして自分の最大の秘密をデイビッドと共有することで、マリーは過去と決別することができるようになります。そしてやっと自分の人生に目を向けて歩こうと決意します。そしてデイビッドとも別れずに、二人はより絆を深めたのでした。

 

 

ではなぜエルランドおじさんは、長年続いてたマリーを手放すような行為をとったのでしょうか。私はこの手紙を送ったのは本当はエルランドの妻だと思います。妻が自宅でこの日記を見つけます。おそらく妻はマリーと夫との関係を知っていましが、長年黙殺してきたのだと思います。

 

 

派手な美人に比べると控えめで美人とは言えない妻。分不相応な行為は取るまいと、見て見ぬ振りをして黙っていたのでしょう。そして妻はヘンリックの残した日記で、二人が婚約までする仲だったと知ります。ヘンリックのメッセージがマリーに届いていない事実も知ります。ただの不倫だと思っていたら、実は違った。夫の卑怯な手段を知ってしまった。他人の死に付け込み、本来なら振り向いてもくれなかった若い美人を自分のものにしていた夫。分相応ということを大切にしていた妻だからこそ、これは許せなかったのでしょう。

 

 

またエルランドの図らいで、ずっと「壁」を築いてきたマリー。この壁は他人に対するものではなく、自分に対する壁です。自分の感情に蓋をすることで、悲しみを避けていた。ヘンリックの死という事実と向き合ってこなかったのです。ヘンリックの遺品である日記を読むことで、それに向き合うことができ、それにより自分にも向き合うことができるようになったのでした。

 

 

マリーに訪れたそうした変化が、マリーが楽屋でメイキャップを拭うシーンで表現されています。疲労と焦燥、悲しみにくれる表情が、メイキャップが拭われていくにしたがって晴れ晴れとした若々しいものに変化していきます。心の化粧も取れ、やっと本当の幸せに向き合うことができるようになったマリー。最後は満面の笑みを浮かべます。そのことを端的に表現したこのシーンがお気に入りです。シンプルながらも全てを説明していて良いシーンだと思いました。