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MOVIE LOVERS' PLACE

映画の感想などを綴っていきます。

クーブリック監督『ロリータ』についてアレコレ語る<ネタバレあり注意>

こんばんは。本日はクーブリック監督『ロリータ 』をご紹介します。1962年公開で、ウラジーミル・ナボコフの小説を原作とする映画です。原作となった小説は「ロリコン」の語源になったことでも有名ですね。

 

ストーリーは、ある教授が宿泊したホテルで、ロリータと呼ばれる少女に出会います。その少女と恋に落ちた教授は彼女とともに生きることを決意して・・・という感じです。

 

www.youtube.com

trailerはこちらから!

 

映画では、当時の放送倫理協会の規制によりかなりマイルドな描写となっています。2年違いの1960年公開のヒッチコック監督『サイコ』も当時規制が強くて描写には苦労したらしいので、そういう時代だったのでしょう。また1997年にもう一度同小説が違う監督で映画化されます。こちらもタイトルは同じ『ロリータ』で、描写は過激になっているようです。

 

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1962年の『ロリータ』では性的描写はほとんどありません。ロリータがフラフープを回している姿をハバート教授が嬉しそうに眺めているシーンが限界でしょうか。笑 なのでそういう描写が苦手な方でも安心して観れる映画だと思います。

 

ロリータ役はスー・リオンさん。かなりたくさんのロリータ役の候補者の中からクーブリックに選ばれます。当時15歳でした。とても愛らしい容姿とは裏腹にかなり壮絶な人生を歩んでいる方のようです。

 

スー・リオン - Wikipedia

 

彼女はロリータに出演以降も、あまり幸せに恵まれた人生を送ったとはいい難かったようです。のちに「私の人格崩壊はこの映画からはじまった」なんて語っています。

 

また他にも興味深いキャスティングとして、キルティ役にピーターセラーズが出ています。ピーターセラーズといえば同じくクーブリック作品の『博士の異常な愛情』にも出演しています。ピーターセラーズの演技って狂気のエッセンスが効いた台詞回しが独特ですよね。現代人で対抗できる人って思いつくのがウーマンラッシュアワーの村本さんくらいなんですけど笑

 

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真ん中のメガネの方ですね。彼が出演すると作品にぐっと雰囲気が出る!

 

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私の中で、この二人は何かが被る。

 

この作品でもクーブリック特有の、定点カメラ技法が冴えています。また白黒なのにとても画面がクリアです。正直同時代のヒッチコックよりもカメラはうまいと思います笑 

 

構図も凝っており、一歩引いた視点から撮影することで客観性を表現しています。またセリフが長いワンシーンが多く、同じ効果をもたらしています。大抵のクーブリック作品では観客が感情移入できるようなヒーロー的なキャラクターがいないのですが、こういった撮影技法もそれを演出しています。一般的には主人公への感情移入は映画の楽しみの一つなので、それなくして面白い映画を撮れるところがクーブリックの凄さですね。

 

さてさて、映画『ロリータ』ではさまざまな人間模様が描かれています。メインテーマとなっている男女愛もそうですが、他にも親子関係やご近所付き合いなども。とくに娘ロリータと母シャーロット役の間には女性同士ならではの火花がバチバチしていますね。

 

未亡人だった母シャーロットはハンバート教授に一目惚れします。そしてあの手この手でなんとか教授と恋仲になろうとします。あるパーティーの夜に友人カップルに協力してもらい、わざと家で二人きりになるシチュエーションを作ります。美味しいディナーにシャンパンで、ルンバまで踊っちゃって教授に言い寄るのですね。このダンスシーンがシュールすぎて笑ってしまったのですが。ヒョウ柄ドレスにチャチャチャのリズムって反則じゃないですか。

 

なんとかいいムード(?)になっていたところに、ロリータが偶然を装って帰宅します。娘の帰宅を明らかに邪険そうにする母。そしていい口実を得たとばかりに引き下がる教授。せっかくの二人きりの夜がダメになってしまい悲しむ母。このときロリータは帰宅した理由を、部屋にあった置物を手にしながら話します。

 

 

この置物、よく見ると手に羽ペンを持ったデザインなんですよね。

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これです。

 

2001年宇宙の旅』や『バリーリンドン』など、クーブリック作品ではペンは重要な意味を持つツールであることが多いです。大抵、人類が獲得した英知や文明を象徴しています。つまりロリータにこの置物を持ちながら語らせることで、「今夜のスキームは嘘だってわかってるのよ。二人きりになりたいがために私を追い払ったのね。」と母に宣戦布告しているのです。

 

他にも細かい小物使いがふんだんに観れる作品です。例えばロリータの部屋には、TOKYOと書かれたポスターが飾ってあります。これはじめはなんだろうなんて思うのですが、途中で意味がわかるようになってます。

 

また冒頭のシーンで、教授がキルティの自宅を訪問し彼を追い詰めて射殺します。このときキルティはある女性の描かれた絵画の裏に逃げるのですが、教授は絵ごと撃つんですよね。これは、何年もかけて自分をボロボロにしたロリータを同じように射殺したい気持ちと、彼女をまだ愛していてとてもそんなことはできない気持ちがないまぜになった教授の心理描写になってますね。ロリータ本人を撃つことはできないけど、女性の肖像画を撃ったところに、この教授の積年の苦しみが端的に表現されています。

 

ロリータは主に人間関係に翻弄される役なのですが、演じている女優スー・リオンも同じく壮絶な人生だったようです。そして映画の中でロリータは幼い頃から小悪魔的なところがあったと母は語っています。シングルマザー家庭で育ち、色々と苦労もしていると思うので人間観察能力に優れた部分があったのかもしれません。

 

この映画で一番印象的なシーンはラストシーンです。ロリータにボロボロにされながらも、それでもまだ一緒に逃げようと提案する教授に向かって彼女は「バカ言ってんじゃないわよ、早く消えて」と言います。そして悲しみに涙を見せながらも「手切れ金」として小切手を渡す健気な教授。大金を手にして気分をよくしたロリータは教授に向かってやっと謝ります。

 

ロリータ「今まで散々騙してごめん・・・。でもさ、物事なんてこんなもんよ。」

 

これを15歳の少女に語らせるとは。それはクーブリック鬼ですよ。いい映画のためなら何をしても許されると思ってるのか。ちなみにこの映画の製作にあたって脚本家とも揉めたらしいです。なんか基本揉めているイメージがある監督ですね。笑

 

ロリータを演じたスー・リオンはそれまでの生い立ちから人間不信だったかもしれません。でも、この映画の撮影で他人だけでなく実は自分も信用できないと悟ってしまったのかもしれません。それは10代の少女が持つにはあまりに悲しい考え方ですね。